「シンガーソングライター」という職業を知ったのはちょうど10歳の時だった。
それまではピアノの先生になることが私の夢だったけれど、それはピアノを使える仕事はそれくらいしか知らなかったから。
けれど私は本当はピアノを始めるずっと前から歌が好きだった。
だから、ピアノも、歌もできる仕事はないものかと母に尋ねると、
「シンガーソングライターっていう仕事があるよ」と言われた。
その時にグランドピアノを弾きながら、マイクに向かって歌っている自分の姿がふっと見えた。
これだ!と思った。その日から、私の夢はシンガーソングライターになることに書き換えられた。
その後、ピアノを挫折して国連で働くという夢になったり、多少紆余曲折はあったものの、
今、私の職業はシンガーソングライターだ。
ピアノも弾くし、歌うし、そして去年からはギターも始めた。
音楽を職業にしたばかりの頃は、歌えていれさえいれば幸せだと思っていたけれど、
様々な経験を積み、歳を重ねていくにつれ、
自分が本当に望んでいるもの、目指しているものというのはどんどん具体的になっていく。
今も、それが明確になっていっている最中で、私の頭の中はとても忙しい。
この夏はお寺という神聖な場所で歌わせていただく機会が二度ほどあった。
亡くなられた方をお迎えする法要と、お見送りする法要。
宗派は違ったけれど、二度も歌わせていただく機会に恵まれた。
お寺の御本堂でピアノに向かった時、30年近く前の記憶がふと蘇ってきた。
6歳で父が亡くなった時、父の葬儀をしたお寺の本堂にも偶然ピアノがあり、
私はそこで当時習っていたバッハのパルティータを弾いたのだった。
ちょっと緊張して繰り返しが1回多くなってしまったことまで思い出した。
まさか30年後に、こうしてまた御本堂で歌を歌う日が来るとは思わなかった。
けれど、もうあの時から、私にとっての音楽の目的地はなんとなく定まり始めていたのかもしれない。
ソロ活動を始めてから、世界中の祈りの歌を調べて歌う活動を始めた。
インドへ行ったことがきっかけで、マントラを主に歌っているけれど、
ハワイの祈りの歌、日本の祈りなど、様々な祈りを調べ、歌っている。
けれど、こうして自然に「祈り」という音楽の根源的なところに興味を抱き続けてきたのは、
6歳のあの経験が大きいのだと思う。
私にとって音楽は生きている人だけでなく、
亡くなった人に向けても届けるものだという思いがどこかにずっとあるからだ。
人は、命が尽きる時に最後まで残る感覚が聴覚だと聞いたことがある。
そして、たとえ身体から旅立つ日が来ても、もしかしたら音楽に込めた「想い」というのは、
なんらかの形で亡くなった方たちにも届くのかもしれない。
もちろん、ただ笑顔になったり、思い出に浸ったり、
心に寄り添ったり、音楽は色々な楽しみ方を私たちに許してくれる。
それが音楽の一番の魅力だけれど、私にとっての音楽は
生きている人と亡くなった人とを繋ぎ、
生や死という、命が形を変えて巡っていくその瞬間に優しく寄り添うもの。
そして、それを実現することこそ、
究極的な、私が歌う意味、なのだと思う。
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